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札幌高等裁判所 昭和29年(ネ)71号 判決 1954年10月22日

控訴人(申請人) 橋本石太郎 外一〇〇名

被控訴人(被申請人) 国

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人が昭和二十八年十一月十一日控訴人等に対してなした解雇の効力を停止する。被控訴人は控訴人等に対し解雇前の基準に従い、それぞれ所定の給与を支払わなければならない、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、疎明方法の提出、認否及び証拠調の結果の援用は原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

控訴人等はいずれも米国駐留軍千歳キヤンプに稼働する所謂駐留軍労務者であり、控訴人等の使用主は駐留軍、雇用主は被控訴人であるが、被控訴人は昭和二十八年九月二十八日駐留軍現地係官より「極東米軍派遣の調査団によつて最近千歳キヤンプの労務者の調査が行われたが、その結果、或る職場においては必要以上の人員が使用されていることが判明した」との理由で右千歳キヤンプ労務者三百二十三名の人員整理要求をうけ、同年十一月十一日控訴人等を含む整理対象者に対し、駐留軍の右の要求ありしことを理由として解雇通知をなした事実、及び被控訴人等が控訴人に対し解雇の決定をしこれが通知をなすに当つては、控訴人等所属の全駐留軍労働組合(以下全駐労と略称する)と被控訴人との間において昭和二十七年十一月締結にかかる労働協約第十五条に基く労働協議会の協議決定を経ていない事実は当事者間に争のないところである。而して成立に争いない疎甲第十五乃至十七号証によれば控訴人等は全駐留労の下部組織である全駐労北海道地区本部千歳支部の組合員たりし事実が一応認められる。

そこで次に控訴代理人主張の本件解雇無効の各理由について当審の判断を示すこととする。

(イ)  労働協約第十五条違反の主張について

控訴代理人は、本件労働協約第十五条第五号の解釈上、労務者を解雇する具体的各場合に於ては必ず労働協議会の協議決定を経なければならないにも拘らず、本件解雇はかかる手続を経ずしてなされたものであるから無効であると主張している。しかしながら、成立に争いのない疎甲第二号証によれば、本件労働協約第十五条においては「次の各号については協議会で協議決定しなければならない」として協議事項として十二項目の事項が列挙され、その第五項目に「雇入及び解雇退職に関する事項」があげられているけれども、右の規定の文言の解釈上「箇々の解雇」の具体的場合についてまで協議決定を経なければならない旨を定めたものとは即断しがたく、又右条項において「解雇」に関する事項と列記してある「雇入に関する事項」の解釈についても、箇々の具体的雇入に当つても前示協議を経なければならない趣旨とは到底首肯できない点から考えて、ひとり解雇の具体的場合にのみ右協議を経なければならないと解することは困難であり、且つ成立に争いなき疎乙第十九号証の一、二、並びに原審証人木下芳美の証言によれば本件労働協約の締結された昭和二十七年十一月以前においては昭和二十五年一月締結にかかる労働協約(以下旧協約と略す)がその効力を有していたものであるが、右協約第十五条においては、「次の各号については協議会で協議決定をしなければならない」との文言の記載があり、その協議事項として十一項目が列挙され、その第五項目に「雇入解雇に関する事項」なる文言の記載があり、その解釈については、雇入及び解雇に関する一般的規準についてのみ協議するものであつて具体的な解雇を一々協議会において協議事項としてとりあげ、しかるのち右協議に基いて解雇を決定しなければならないとする趣旨でないことは、協約当事者間において従来一致した解釈であつたことが一応認められるのであつて、上叙の諸点に照して考えるならば原審証人川島博の証言中本件協約第十五条第五号の趣旨についての控訴代理人の主張に沿うが如き証言部分はにわかにこれを措信しがたく他に右認定を左右するに足りる証拠がない。のみならず前示各疎明によれば、本件協約第十五条第五号も亦、解雇に関する一般的規準の決定に当つては労働協議会の協議決定を経なければならない旨を定めたに過ぎないものと解される。従つて雇用主たる被控訴人としては解雇に当つては本件協約第十五条によつて現に定められている基準に従つて解雇の措置をとれば足りるものというべく、本件においては右協約第十五条による一般規準の定めとして協約当事者間においては「人員整理の手続に関する指令」と題する人員整理時の順序方法の基準の協定があつたので、被控訴人は右の協定に従つて解雇の手続を進めたことが成立に争いのない疎乙第三号証、原審証人木下芳美、同川島博の各証言によつて窺われるから、結局本件解雇が本件協約第十五条第五号に違反したものであるとする被控訴代理人の主張は理由がない。

(ロ)  本件解雇は正当事由に基かないとの主張について

控訴代理人は、本件解雇は正当な事由なくしてなされたものであるから無効であると主張する。すなわち駐留軍労務者は勿論一般に労働者は現下の経済情勢下においてはその現につながりをもつている雇用関係に専ら依存して生活しているものであつて、かりにこの雇用関係がたたれるにおいては、唯一の生活の源泉を失うにいたるものであるから、かかる結果を惹き起してまでも解雇を敢てするにおいては正当なる事由がなければならないのであつて、本件解雇はかかる正当事由なきに拘らずなされた無効なものであると主張している。しかしながら一般に労働者の解雇については控訴人主張の如き正当事由の存することを要することを必要とする明文の定めがなく、又解釈上とくにこれを必要とする理由も認めがたい。したがつて解雇に正当事由の存することを前提として本件解雇の無効を主張する控訴人の主張はその理由がない。

(ハ)  権利濫用の主張について

控訴代理人は、抑々被控訴人は本件解雇をなすに当つては、前示のような人員過剰を理由とする「駐留軍の都合」ということを唯一の理由としてあげているけれども、かようなばあい雇用主たる被控訴人としては、右に所謂「駐留軍の都合」の内容を調査検討し、自主的判断の結果、そのような事実の存することを認めたときに限り解雇をなしうるものであるに拘らず、被控訴人は全くこのような措置をとることなくして控訴人等を解雇したものであつて、右の解雇は権利の濫用にあたると主張する。しかしながら本件解雇が控訴代理人主張の如く、被控訴人において雇用主としての前示の責を果さず、駐留軍の前示人員過剰を理由とする整理の要求をそのまま鵜呑みにして解雇の挙に出でたものとは、控訴代理人の全立証を以てするもこれを認めがたく、反つて被控訴人としては後述のとおり現実の条件の制約の下に可能な限りの努力を尽した事実を認めることができるのである。即ち抑々本件における被控訴人及び控訴人間に於ける雇用の性質は間接雇用関係であつて、被控訴人において控訴人等を雇用したのは専ら使用主たる米国駐留軍の需める役務に供せんとするにあつて、被控訴人の役務に就かしめんとするものでないことはもとより言をまたないところである。したがつて雇用主たる被控訴人と雖も使用主たる米国駐留軍より労務者の解雇を求められたときは、その人員、時期等については、結局において駐留軍の要求に応ぜざるを得ないのであつて、本件の如きばあいに於ても雇用主たる被控訴人としては駐留軍当局が人員過剰と認定した理由を究明し、もし右認定にして正鵠を得ていないと認めるときは使用主たる駐留軍当局に対し適切な意見をのべ、よつて時宜に適つた措置をとることを要求する等の努力をなし、以て能う限り控訴人等労務者の既得の地位及びこれに伴う利益を失うことのないよう、力を尽すべく、もしかような努力を払うも使用主たる駐留軍においてこれを顧みないときに始めて事情やむを得ないものがあるとせねばならない。ところで本件においては、成立に争いのない疎乙第四乃至第六号証、同第十一乃至第十五号証、同第十七、十八号証並びに原審の証人染野清治、同矢田位、同木下芳美の各証言を綜合すれば、被控訴人側においては昭和二十八年九月二十五日頃千歳キヤンプにおいて駐留軍労務者の人員整理の行われることを知り、現地駐留軍係官に対し人員整理の理由の明示、被控訴人関係機関による職場実体調査の許容並びに整理のばあいにおける配置転換等による出血人員の可及的減少等の諸要求をなしたが未だその回答を得ない同月二十八日駐留軍より労務者三百二十二名の人員整理要求書を受領し、やむなく同年十月十二日にいたり、控訴人等を含む整理対象者に対し解雇の予告をなしたが、その後被控訴人側機関たる北海道知事は現地駐留軍当局に対し特別調達庁長官は米国極東軍司令部に対しそれぞれ人員整理の理由の明示方及び整理の場合における被整理者の制限について折衝をなし、結局整理々由については明答は得られなかつたけれども、被整理者数は配置転換、希望退職等によつて二百九名にとどめることに結着したものであつて、控訴人等所属の前示組合千歳支部側においても叙上の如き知事並びに道渉外課の重ねた折衝の労を多とした事実が一応認められるのであつて、したがつてかような事実にかんがみるときは被控訴人としては、前示の如く本件雇用の間接性の関係上能うかぎりの努力を尽したものというべきであつて、その余は専ら使用主たる駐留軍当局の態度にまつ他なきものであるといわなければならない。本件においては、前示認定の如き被控訴人の努力にも拘らず、控訴人等の解雇要求は遂に全面的撤回を見なかつたものであるから被控訴人としては結局控訴人等を解雇せざるを得なかつたものとみるべきであつて、格別解雇について遺憾の点があつたものとは認めることができない。ことに「日本とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」に基き強力な基地管理権を有する米国駐留軍において、被控訴人の前示要請にも拘らず、前示の如き内容の要求を固執して殆んど譲らなかつたものであるから、被控訴人としては本件解雇は真にやむを得ないものであつたというべきであり解雇権の濫用といい難い。

以上判示のとおり控訴代理人の主張はその何れの点よりするも採用しがたく、控訴人等の控訴はいずれもその理由がない。したがつてこれと同旨に出でた原判決は結局正当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 臼居直道 松永信和 立岡安正)

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